おっさんの韓国生存記

韓国で住んでいる中年の男です。

退職

本日は、人事部に連絡して退職のプロセスを聞いた。いよいよ本格的に職無しの40歳無能男性となるわけである。但し、毎日のようにパワハラ紛いの暴言と屈辱から逃れられるということを考えると、気分は物凄く楽になるのは確かだ。お金の問題よりもストレスフリーな生き方を選べていることに対して、僕自身はそれなりに誇りに思っている。なぜなら、周囲は怖くて退職ができない。僕は退職するのが怖くない。ひもじい思いをして死ぬ可能性はほぼない世界で生きているし、このご時世、お金ならなんとでもなるだろうと考えている。大企業での10年以上の生活から解放されることで、より自由に思考を巡らせてそれを実行し、誰かの下僕としてではなく、僕自身が主体となって、生きていくのだ。

 

とはいうものの、誰もが「次の就職先など考えていない」というと呆れた表情を見せてくる。それに大して僕は、「まずは山に行って瞑想にふける予定だ」という。これは冗談ではない。かなり本気だ。40歳は第二の人生のスタートラインだ。これからどう生きていくのか、何が自分を最高に楽しませてくれるのか、僕が社会に貢献出来ることはなんなのか、そんなことを考えながら、自分の生きる道を考えていく予定だ。組織の中での出世競走にはADHDの僕には不器用すぎて参加することはできない。山に篭って自然のなす流れの中で、思索と読書にふけりながら、財をなしていくような、そんな生き方がベストであると考えている。だからといって、アカデミックの世界で学者として生きていくことにも興味がない。あそこも所詮は出生競争の巣窟で、大企業以上の汚い争いが垣間見える。だからやはり僕には向いていない。

 

俗世から一歩離れた所で、のんびりとお金を稼ぎながら健康的で幸せな日常を送りたいのだ。そのために読書を行い、自分の直感と知力に頼りながら、生きながらえていく予定だ。不思議なことに、10年以上もいた会社をやめることに対して、さらに次の仕事も何も決まっていないことに対して、何ら不安がないのである。とても落ち着いている。おそらく、着実に、ゆっくりと、歩むべき道が開けてくるのだろう。そのためには、日々、読書と禁酒と運動と瞑想を続けながら、自分の精神的病とも上手く付き合いながら、富豪への道を、独自の道を歩んでいくことにする。

 

最後に一言だけ。確実に言えることは、このまま後10年会社にしがみついた所で金持ちには絶対なれません。むしろ自分の力で事業を起こすなり、なんらかの方法で稼ぐなりして行かないと、富豪にはなれないと思っている。