Korean Diaspora Cat

コリアン猫です。日常から世界を見通して差し上げます。

無能な管理職と有能な管理職の違い

 コロナ禍で普通に仕事をしていると、管理職つまりマネージャーの存在が邪魔でたまらなかったという猫でした。ここでは、実際に私の周囲にいる無能な管理職Aと、有能な管理職Bの違いを整理してみたいと思います。

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1.無能な管理職Aのケース

 まず、管理するというのは、実務的プレイヤーを束ねる、扱う、導くという仕事になりますが、コロナ禍の在宅ワークの中では特に、束ねる、扱うという2つの観点では、まず物理的に無理な時代です。しかし、管理職の多くはそれを敢えてやろうとする方が多い印象です。結果的に、無理やりズーム会議を頻繁に開こうということになるのですが、ズーム会議では基本的に資料の提示が前提になるので、特に進捗がない、あるいは資料化するほどのことでもない内容でも資料化して提示して、何かをしゃべらせようとするんですね。

 でも、これって、資料を作らずに電話やメールで簡単に進捗を確認すれば済む話ではないですか?といつも思うのです。私の周りの実務者達は、無理やりにでも管理職としての管理業務をしようとする、つまり、その上司に管理していることをアピールするために、会議を開いて議事録を作ろうとする一部の管理職に対して不満が爆発しております。実務者としては、会社にとって何の利益も生産性もない見かけ上の仕事に「つき合わされている感」が強く感じられてしますのです。

 私の周囲では、これがひどい管理職Aがおり、そのせいで鬱病→休職という形に追いやられた方も幾人かいます。しかし、当の管理職は「自分のせい」であることに気づいていないから太刀が悪いんですよ。「コロナ欝なんだなあ」と寧ろ心配している様子すら伺えるもののですから、なんて無能なんだと、横で見ていると思わざるを得ないわけです。

 でも、そんな私も管理職になってしまいました。気軽に管理職の文句を言える立場ではなくなってしまいます。私としては、上記のような無能な管理職Aの事例を近くで見てきたため、それを反面教師にしたく思います。具体的には以下のようなことはしてはいけないと思うのです。

 偉そうにする、批判的意見を口答えと捉える、感情的になる、キレる、自分ですぐできることを敢えて部下にやらせる、とりあえず会議を開く、手柄を自分のものにする、実務能力の磨きを怠る、報連相を徹底化する(→信頼されていないように感じる)、自分の上司の言われたことだけに徹底する等です。反面教師のお手本みたいな管理職Aの特徴を羅列してみましたが、Aの会社での社内評価は、びっくりするほど最悪です。鬱病患者を量産しているのも相まって、今ではほぼ白い目で見られている存在です。

 

2.有能な管理職Bのケース

 逆に、お手本になる管理職Bもいます。今、私と一緒に仕事をしている人ですが、Bの特徴はといいますと、一番大きいのが「フレンドリー」なんですね。話しやすい、近寄りやすい、そして何よりも在宅で暇なときは電話をして「話したくなる」。そんな存在です。その人は、決して意見を否定しない、同調する、雑談が上手(→色んなテーマに対応できるほど博学多識です)、愚痴を聞いてくれる、問題を解決しようとしてくれる、無駄なことはさせない、細かいことにいちいち注意をしたり腹を立てない、ここぞという時にしっかり解決策を導き出す、といった特徴をもっています。

 そして、「偉そうにしない」というのも大きいです。Aがあまりにも偉そうなため、Bは普通にしているだけかもしれませんが。しかしBは、仕事を指示するときにも、「ここが必要で私の手が空いていないからお願いできないかな?」という言い回しをよく使っています。さらに、新米がするような雑用も自分から率先して行うというボランティア精神まで兼ね備えているので、部下達が申し訳なくなり、一致団結して皆で雑用を片付けるという結果になりやすいいです。

 こんな感じで、Bは、まさに管理職の鏡のような存在で、コロナ禍で在宅をしようがしまいが、その評価には関係有りません。ズーム会議は必要最小限で時間制限を設けてくれる、資料は自分がつくって意見を聞く、電話は主に雑談といった形なので、実務者は、ストレスフリーな状態で自分の仕事に集中できている状態です。

 そのBに関してですが、悪い噂を聞いたことがなく、周囲からの評価も高く、「我がチームに来て欲しい」と、引く手あまたなんですね。先ほどの管理職Aとの対比もよくされるのですが、Aはいらない、Bは必要というのが社内の一般的な認識となっています。

 私は、Bをまずはロールモデルにするべきだろうなと思っています。管理職の方々は、Aになっていないか、Bになれているのかを、一度考えてみるのはいかがでしょうか?